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日韓合意を巡る韓国政府の新方針を憂う

                    
 「慰安婦」問題を巡る2015年の日韓合意に対し、韓国の康京和(カンギョンファ)外相が「新方針」を発表した。
日本政府に再交渉は求めないものの、日本が拠出した10億円を凍結し、同額を韓国政府が出す。日本拠出分の扱いは政府間で協議するというのが柱だ。

 これでは合意の根幹を見直すに等しい。10億円は元「慰安婦」の名誉と尊厳を回復し、心の傷を癒やすために韓国政府が設立した財団の事業に、日本政府が「慰安婦」被害者への謝罪のあかしとして出したからだ。
 財団の現金支給事業では、合意時点で存命の元「慰安婦」47人のうち36人が受け取ったか、受け取る意思を示した。受け取りを決めた被害者たちの事情はそれぞれであろうが、老い先短い被害者たちは日本政府からの償い金であるとして、心の中でけりをつけて受け取りを決断したのではないだろうか。

 昨年4月に亡くなった関釜裁判の原告・李順徳さんは、日韓合意の1年以上前からすでに意識がなく寝たきりで、合意について知ることも判断することもできない状態であった。1995年に始まった女性のためのアジア平和国民基金に対して李順徳さんは反対を貫いた。「おらは乞食ではない。あちこちの日本国民から集めたお金は受け取れない。日本の国が『悪かった』と謝罪して、日本の国のお金を出してくれるならば喜んで貰うよ。・・・・・・しかしおらが死ぬ前に解決してほしい。死んだ後では何にもならない」と言って。もし意識があったらどうしたであろうかと、何度も考えてみた。おそらく合意に満足とはいかなくとも受け取りを決断して、けりをつけて心穏やかに死を迎えかったのではないかと思われてならない。

  今回、韓国政府が日本政府からの10億円を凍結して、韓国政府からのお金を充てるという方針は、財団からすでにお金を受け取ったか、受け取る決意をしている被害者たちに「そのお金は日本政府からのお金ではないのですよ」ということになるのであろう。様々な葛藤や思いを持ちながら日本政府からのお金を「償い金」として、受け取りを決断した被害者たちの思いはどうなるのか?韓国が出すという10億円はどんな趣旨のお金なのか?お金を出せば問題はないと思っているのであろうか?受け取った被害者たちの主体性を一方的に無視する権利はだれにもないはずである。「朴槿恵政権は被害者の主体性を無視した」と言いながら、文在寅政権も同じくお金を受け取った被害者たちの主体性を無視しているのではないか?それともお金を受け取った被害者には主体性などはないと思っているのであろうか?

 大統領選で再交渉を公約した手前、国内の強硬世論を無視できない。一方で対日関係の決定的な悪化も避けたいので、再交渉はしない。しかし合意は実質的に骨抜きにする文政権の今回の措置からはそんな思惑が透けて見える。
合意に反対している被害者たちの主な怒りは「心に響く謝罪がなかった」ことにある。日本政府に合意への追加措置として、「被害者の心に届く謝罪を求める」という方針だけで良かったと思う。日本国民の間にも理解が広がる可能性があるであろう。

 一方、今回の文政権の苦渋の方針は、安倍政権への一部の被害者や韓国民の怒りが無視できないほど高まっていることにも目を向けねばならないだろう。合意の際に首相の謝罪の言葉を岸田外相に代読させ、被害者や韓国民の心に響く謝罪をする努力をしなかったこと。和解癒し財団から「首相の謝罪の手紙を出してほしい」という要請すら、「毛頭考えてない」と切り捨てた。アジア各国の団体による「慰安婦」問題に関する資料の世界文化遺産への登録の動きをユネスコへの支出金の凍結をちらつかせて実現を妨害した。「慰安婦」問題をなかったかのごとくしたい安倍政権の振る舞いが「合意」に反対する韓国世論をますます高めているのであろう。

 「慰安婦」問題を巡る両国のナショナリズムの負のスパイラルを断ち切る努力を日本政府もするべきである。文大統領は会見で「日本が心から謝罪するなどして、被害者たちが許すことができた時が本当の解決だ」と述べた。
 日韓合意は「被害者の名誉の回復と、心の癒し」が目的であったはずである。合意に盛り込まれ謝罪が元「慰安婦」たちに届いていないというのなら、どうすれば伝わるのか日韓で知恵を絞るべきだ。 それは「最終的かつ不可逆的解決」をうたった合意の精神に反するものではなく、発展させることになる。安倍政権の「ゴールポストは1ミリも動かさない」というかたくなな姿勢は変えねばならない。

「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク(花房俊雄)





 「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク

高島福岡市市長へ申し入れをしました



12月5日に福岡市の高島市長は記者会見し、昨年12月に釜山領事館前に「慰安婦」少女像が置かれたことに関し、「日韓合意やウイーン条約に違反している。国内や福岡市民の感情が悪化している。市民の安全を確保するという点で懸念を伝える。」と局長級幹部を釜山市に派遣すると発言しました。
高島市長の言動は安倍政権の見解と同じくし、福岡と釜山両市民の対立を煽りかねないと市長と局長に129名の賛同を得て14名で 申し入れをしました。




2017年12月18日
福岡市長 
髙島宗一郎 様
福岡市総務企画局長
中村 英一 様
申し入れ
12月5日の髙島市長の記者会見が福岡市民と釜山市民双方の反発を煽ることを危惧し、局長級職員の派遣の再考を求めます。

一 髙島市長の言動が両市民の対立を煽ることを憂います。


髙島市長は記者会見で釜山市の領事館前の路上に「慰安婦」少女像が設置されたことに関し「福岡でも感情が悪化している。・・・非常に大きな反発を生んでいる」と強調され「不測の事態が起こることを恐れる」と発言されています。私たちはこのような市長の認識に首をかしげずにはいられません。昨年暮れに「慰安婦」少女像が設置されたことに抗議して日本政府が今年1月に日本大使や釜山総領事を引き上げさせて以降、4月初めに韓国へ帰任するまで日韓関係は緊張が続き、日本社会に戸惑いや反発、憂慮が高まりました。しかしそれ以降はマスコミで取り上げることも少なくなり、日韓の市民の間では緊迫した状況はありません。そうした時期にあえて「慰安婦」少女像の問題を取り上げ市民の反発が強いと発信することは、落ち着いてきた双方の市民の反発を再燃させる結果になります。
 髙島市長は「慰安婦」少女像をめぐり、日本国内や福岡市で感情が悪化していると発言されています。関連して、福岡市に「姉妹都市提携をやめるべき」という苦情が40件あまり寄せられたと報道されています。果たして市長として、また福岡市が、こうした一部の人々の反発に乗じて釜山市に対応を求めることは適切だったでしょうか。「慰安婦」少女像の設置を問題視するのであれば、なによりもまず、なぜ釜山市民が像を設置したのか知ることが大事であり、そしてそれが本当に日韓合意に反するものであるのか見極める必要があるでしょう。以下「二」で論じるように、日本政府は日韓合意の精神を守っておらず、韓国の被害者は屈辱を感じています。それゆえ、釜山市民が抗議しているのです。つまり、日韓合意が前提としていた被害者の癒しが実現されていないことを不問に付したまま、「慰安婦」問題に抗議するなと言うのは筋違いであり、釜山市と釜山市民への恫喝となります。
 髙島市長は外交は国の専権事項と言いながらも、実質的に「慰安婦」問題に踏み込んできました。そして5日の『釜山日報』に報じられているように、釜山市民の強い怒りや反発を引き起こしています。結果として、市長の言動は「慰安婦」問題の解決を遠ざけさせています。こうした事態は、日韓関係の悪化を利用して「日韓国交断絶」を訴えるデモや在日韓国・朝鮮人へのヘイトスピーチを繰り返してきた人たちの活動をも増長させることにならないかと不安を覚えずにはいられません。

二 高島市長の言動に、韓国の国民や釜山市民が日本政府に反発する背景への洞察があまりにもないことに危惧を覚えます。

髙島市長は記者会見で領事館前の路上への「慰安婦」像設置は日韓合意とウイーン条約違反と繰り返しています。髙島市長もご存知のように、昨年12月28日に市民が「慰安婦」少女像を設置したのを日韓合意に配慮して釜山市が撤去しました。ですが釜山市民からのすさまじい抗議で二日後には再び設置せざるを得ませんでした。姉妹都市関係を結んでいる釜山市民がなぜ日韓合意に怒っているのかに思いをいたしたことはないのでしょうか?
「慰安婦」問題の最終解決を謳った一昨年暮れの日韓合意に、安倍首相は被害者や韓国国民に向かって直接謝罪することを避け、岸田外務大臣による伝言ですませてしまいました。被害者たちが長年強く望んでいたのは日本の国を代表する首相からの心に響く謝罪の言葉でした。国会でも問題になり、福岡県の緒方衆議院議員が安倍首相の言葉で謝罪をするように強く迫りましたが安倍首相は拒絶しました。日韓合意に基づいて設立された「和解・癒し財団」からも日本政府からの償い金を被害者に手渡すときにせめて首相の謝罪の手紙を添えてほしいとの要請がありました。アジア平和国民基金を被害者たちに手渡す際、歴代首相は謝罪の手紙を手渡してきました。しかしながら安倍首相はそれさえも拒否したのです。このような首相の振る舞いに被害者は怒り、韓国国民は「金だけで解決しようとしている」と屈辱を感じたのです。こうした被害者や韓国国民の怒りが、ソウル日本大使館前の「慰安婦」少女像の撤去に反対する若者たちの座り込みとなり、釜山領事館前への釜山市民による新たな設置になっていきました。
12月5日の『釜山日報』は「福岡市、少女像に抗する訪問、姉妹都市の友好関係を害するもの」と題する社説を載せました。その中で「最近佐賀県唐津市長が、姉妹都市関係がある全羅南道・麗水市長に、少女像に対する憂慮を表明する書簡を送った。このような点を勘案すれば、福岡市の抗議訪問は、単純な地方自治体次元を超して、地方自治体を前面に出した日本政府の圧迫の一環である可能性が大きいという点で深刻だ」「友好協力と親善の基本は、相手に関する理解と尊重だ。福岡市は釜山市民がどうして日本総領事館前に少女像を設置したのかを深く考えてほしい。少女像の反対主張を中断し、釜山訪問の計画も撤回しなければならない」と厳しい反発を表明しています。

三 髙島市長には福岡・釜山両市民の一層の友好と交流の発展のために熟慮ある言動をされることを望みます。

髙島市長は記者会見で「例えば交流に対するデモがあったりとか、日本の子どもたち、もしくは日本のスポーツ団体が現地に行ってする時に、こうした問題に絡んでこうしたデモにあってしまうとか、誹謗中傷を受けたり攻撃を受けたり、万が一にもあってはいけない」と言っています。
市長のあまりにも疎い韓国国民の実情認識に深い憂慮を覚えます。12月11日の聯合ニュースは、今年度の訪日韓国人数は700万人を超えるだろう、訪韓日本人客の3倍に上りそうだと報じています。過日の池上彰キャスターの韓国国民の実情を伝えるテレビ番組では、日本大使館前で「慰安婦」少女像の撤去に反対して泊まり込みをしている女子学生にインタビューをし、日本政府への厳しい批判を聞いていました。その学生が「日本社会や文化は大好き!よく日本に行っている」とあっけらかんと答えているのに新鮮な驚きを覚えました。日韓合意に反対している人たちは日本でマスコミが報じているような反日ではなく、日本政府の対応への批判であり、日本社会や日本人には大変好意を持っているのです。この間の訪日韓国人の激増がそのことを雄弁に物語っています。一方で日本の政治家やマスコミによる韓国政府や韓国人の「反日」感情の誇大な宣伝が日本人の訪韓客の激減に表れています。
髙島市長はいたずらに両国民、両市民間の対立を煽ることになりかねない言動を厳に戒め、中村総務企画局長の訪韓の是非を再考されるよう強く要望いたします。

  福岡市民と釜山市民の友好と交流を願う市民一同(129名)




 「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク

読んでみませんか




『「慰安婦」問題の言説空間~日本人「慰安婦」の不可視化と現前』
 勉誠出版(2017年)




このブログメンバーである木下直子さんが自身の博士論文を大幅に加筆して上記本を出版しました。
どれだけの人に会いどれだけの本を読んで思索を深めて行ったのかと思わずにはいられないほどの充実した内容で、彼女の真摯さがうかがえるオリジナルな執筆方針の著作です。
そして複雑に絡まった「慰安婦」問題の現況に対し、整理しつつ思索を深めた勇気ある仕事と言えます。
困難な仕事に精魂を傾けた木下さんに敬意を表するとともに、多くの方々に是非読んでほしい本だと思います。



目次
はじめに
序章 「慰安婦」問題へのアプローチ
1.「慰安婦」問題再考―日本人「慰安婦」に注目して
2.日本人「慰安婦」をめぐる議論
3.「慰安婦」制度をめぐる先行研究
4.本書の構成

第1部 〈従軍慰安婦問題〉の構築
第1章 戦後の「慰安婦」言説―社会問題化以前
1.「慰安婦」の記憶と〈強制連行〉の問題化
2.国会で語られた「慰安婦」
3.ルポルタージュの登場
第2章 言説空間の拡大―社会問題化の諸相
1.韓国フェミニズム運動による告発と社会問題化
2.新聞・雑誌にみる〈従軍慰安婦問題〉
3.政治・外交問題としての〈従軍慰安婦問題〉
4.言説空間の振り返り

第2部 社会運動の「慰安婦」言説第3章 一九七〇―八〇年代フェミニズム運動の「慰安婦」言説
1.〈加害者〉日本人の主体化
2.ウーマン・リブ運動の「慰安婦」テクスト
3.侵略=差別と闘うアジア婦人会議の「慰安婦」テクスト
4.サバイバー被害者=生存者への想像力
第4章 「慰安婦」問題解決運動の言説空間―一九九〇年代初頭を中心に
1.運動の言説空間と日本人「慰安婦」
2.運動関係者が経験した〈従軍慰安婦問題〉

第3部 日本人「慰安婦」の被害をとらえる
第5章 日本人「慰安婦」被害者の語り
1.日本人「慰安婦」被害者の語り
2.城田すず子のテクスト
第6章  日本人「慰安婦」の被害者性
1.被害を不可視化するメカニズム
2.ナショナリズムと性を再び問う
補 論

参考文献
あとがき


   
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「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク(恵)




 「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク


訃報 :李順徳ハルモニ


4月4日午前7時半頃 関釜裁判の「慰安婦」原告・李順徳さんがソウルの病院で亡くなられました。享年99歳でした。


ソウルでの葬儀には日本から福山の都築さんと福岡の緒方さんが参列しました。
福岡から葬儀に駆けつけることができなかったメンバーより、ハルモニへのお別れの言葉を寄せ書きにしハングルに訳して持って行ってもらいました。
李順徳ハルモニ!ありがとうございました!安らかにお眠りください!


                  IMG_2028.jpg


追悼 :李順徳ハルモニ ーソウルでの葬儀に参列して


 昨日のイスンドクハルモニのお葬式(追悼祭)に参加し、今朝の出棺から火葬場までお供しました。福岡の関釜裁判を支援する会の緒方さんと一緒でした。会場のセブランス病院葬儀場には若者の弔問の列が後を絶たず、追悼祭が始まっても式場に入れず外で待機する人たちもいるくらいでした。式場には韓国の国会議員や運動団体の花輪に加えて、日本軍「慰安婦」問題解決全国行動を始め福岡や福山の関釜裁判を支援してきた諸団体やスンドクハルモニと特に親しかった花房俊雄・恵美子ご夫妻からの花輪が飾られていました。「自分が死んだら綺麗な花で飾ってくれ。」というハルモニの願いに沿うような静かで淡い色合いの花々でした。納棺は家族親族だけで行います。私は前日大学の平和理論の授業で友達に協力してもらった折り鶴と福岡のみなさんからのお別れの言葉を預けて、ハルモニのお棺に入れてもらいました。

 追悼祭はスンドクハルモニが好きだった賛美歌をみんなで歌い始まりました。ユン・ミヒャン挺対協共同代表の「日本軍『慰安婦』問題が完全解決していない状況でハルモニを送り出すことに断腸の思いです。壮絶な『慰安婦』体験をしたハルモニは決して惨めではありませんでした。勇気を出して名乗り出て、日本政府の責任を問う関釜裁判を闘ってこられたハルモニ、若い人たちへの奨学金を作ってくださったハルモニの人生は立派で光に照らされたものでした。ハルモニの笑顔が私たちをつなぎ、私たちに次の闘いのバトンを渡してくれたのです。」という挨拶に会場の若者たちは一つ一つ頷いていました。

テーグム(韓国の横笛)の調べに合わせてイスンドクハルモニが辿ってきた道が紹介されました。福岡から参加した緒方さんは日本から預かってきた支援者たちのメッセージを代読し、ついには感極まり最後は嗚咽になりました。会場からもすすり泣きの声が聞こえます。最後に娘さんがお礼の挨拶をされました。「みなさん今日は母のためにこうして集まってくださり、ありがとうございます。母は生前自分が死んだらお前一人になるのが心残りだと私のことを心配してくれました。でも私は一人ではありません。母を支えてくれた皆さんがこんなに大勢集まってくれて、私は一人ぼっちだとは思いません。
実は母は本当の母ではありませんでした。でも母は私にありったけの愛情を注いでくれて、私が一人前の家庭生活ができるようにしっかりと育ててくれました。
母が『慰安婦』だったことを知ったのはそんなに早い時期ではありませんでした。母がテレビを見ていたときその話が出て初めて話してくれました。そんな苦労をした母が私を一生懸命愛して育ててくれました。今は母に感謝の気持ちでいっぱいです。」涙の輪が広がりました。参加者一人一人が祭壇に白菊を供えました。

今朝6時半から出棺のための礼拝が始まりました。牧師さんの挨拶の一部を紹介します。
「・・日本に謝罪と法的闘争を始め、1998年山口県で他の被害者たちとともに最初の法的賠償金支給判決を引き出したイスンドクハルモニを思い出します。寒い冬に花を咲かせる椿のように日帝のその残忍な凍土にも生き残り、日帝の蛮行を証言された椿の花 イスンドクハルモニ・・」 
最後に参加者で手をつなぎハルモニのご冥福を祈りました。

出棺を見送っ後、私たちはバスでヤンジェの火葬場に向かいました。最後のお別れで娘さんが棺を抱えるようにしながら「お母さん、この世であんな苦労をしたのだから天国ではきっと幸せになってね。愛しています。愛していますよ、お母さん。」と涙ながらに見送られました。1時間後ハルモニは白い遺灰となって娘さんの胸に抱かれました。天安の望郷の丘に埋葬されます。私たちはご遺族にお別れの挨拶をしてソウルに戻りました。



 火葬場の待合室でナビネットワークの若者たちと話をしました。

以下その一部を紹介します。
「ソウルのナビネットワーク会員は約300人いるが全国にもたくさんいてその正確な数はわからない。男女比は3対7ぐらい。少女像を今も24時間体制で交代しながら守っている。韓国内で少女像撤去を言う人達は前パククネ政権支持者たちだ。私たちは日本がいけないとか韓国がいけないと言っているんじゃない。それぞれの政府が『慰安婦』問題に正面から取り組まないことを問題視しているのだ。パククネ前大統領を罷免に追い込んだのは私たち市民と学生の粘り強い闘いがあったからこそ実現できたと思っている。だから5月に新大統領が決まっても、この『慰安婦』問題がきちんと納得できる形の合意になるように、そんな政権運営をさせるように引き続き声を上げていくつもりだ。」
「日本のあなたたちと私たちがこうして今日話ができたこと、とても嬉しい。これからも連絡を取り合っていきましょう。」


ハルモニがまた新たな縁をつくってくれました。ありがとうございます、イスンドクハルモニ! 安らかにお眠りください。
 2017年4月6日   都築寿美枝



        李順徳ハルモニへのメッセージ 2017年4月4日



順徳さん
真っ白な御髪になられてからはお会いできてなくて、夏にはその御髪をといてさしあげたいと思っていましたのにかなわずごめんなさい。お安らかに。
 T・A

李順徳ハルモニは、原告の中でも特に印象深い方のお一人でした。
今は悲しみよりも、現在の日韓関係、また日本国内の状況を見るにつけ、ハルモニに申し訳ない、情けない気持ちでいっぱいです。
ごめんなさい、ハルモニ。
ご冥福をお祈りします。
A・H

李順徳さんがとうとう亡くなられたとのこと、さびしくなりますね。
生前、彼女が花房さんご夫妻に、
「裁判に勝って賠償金がもらえたら、ごちそうするよ」と語っていたことが忘れ
られません。きさくな、かわいらしいおばあちゃんだった、という印象です。
彼女を少しでも知る者として、心よりお悔やみ申し上げます。

日韓は「慰安婦問題」をめぐっては、たいへん険悪になっており、「少女像」は
解決が見いだせない状態です。
しかしながら、李順徳さんと、花房さんはじめ、支援者の皆様方とのあいだには
そういったものを超えた、たしかな信頼と友情があったと思います。
李順徳さんがそれを感じながら余生を送っていたのなら、慰安婦問題が白日のも
とになったことは、決して無駄ではなかったと思っています。
Y・I

李順徳さん!
今日はとてもいい天気で、桜の花が一気に咲いています。
良い日に逝かれましたね。
2009年に訪韓したとき遺言のように言われましたね。「オレが死んだら光になってあんたたちの所に行って知らせるから悲しんでくれよ」
胸が痛くてたまりません。
よく頑張られましたね。
本当によく生きてくださいました。
ハルモニの笑顔がうかびます。またお会いしたいです。
E・H

心の中からの恨を晴らす事が出来ず残念だったでしょう。
私たちの力不足をお詫びします。
ゆっくりお休み下さい。
貴方の笑顔を忘れません。
E・Y

順徳さん、あなたのご生涯は地上の暴力に覆われましたが、あなはその地上に「聖なる遺産」(関釜裁判下関判決)を残して下さいました。私たちは、歴史は、決してそのことを忘れません。やがて御国で、また花房さんご夫妻のお供でお会いできます日を待っています。どうぞ安らかにお眠りください。 
J・Y
  






 「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク



日韓「合意」に思うー「合意」の実施にあたって被害者への直接謝罪を日本政府に訴える




「日韓合意」以降、韓国国内では日韓両政府に対する不信感が渦巻いています。
日本国内では「やっと終わる。しかし本当に終わるのか?」という安堵感と不安感があるように思います。
癒しがたい傷を負った被害者に思いを馳せ、なんとか前に進めたいとの思いで書いた論考です。




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「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク(花房俊雄)





 「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク

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「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク

Author:「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク
私たちは「慰安婦」被害者に20年あまり前に出会い、その被害の深刻さに衝撃を受けました。私たちは被害者が生存中に「解決」したいと、さまざまな道を探りながら活動し続けてきました。今も大きな課題として残る「慰安婦」問題を多くの人に分かりやすく伝え、今後このような性暴力を起さないために私たちはブログを立ち上げました。

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河野談話全文

慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話  いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。  今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。  なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。  いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。  われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。  なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。(1993年8月4日、外務省ウェブサイトより

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