【訃報】ピラール・フリアスさんご逝去
訃報 - 2013年10月05日 (土)
フィリピンの元従軍「慰安婦」のピラール・フリアス(86歳)さんが、9月27日午前3時55分に、リサール州アンティポロの自宅で家族に看取られながら逝去されました。

フリアスさんは、元従軍「慰安婦」の支援団体のリラ・ピリピナに所属して、1993年に日本政府を相手にした賠償請求訴訟(2003年に最高裁で棄却)の原告(46人)のお一人でした。
今年、フリアスさんは8月5日から10日間ほどの日本各地の証言集会に招かれていました。8回目となる今回の訪日が、最後になるかもしれないと楽しみにしておられたそうです。
ところが、以前から病気がちでしたが、7月下旬に日本大使館にビザ取得の手続きにいった際に雨に濡れて、その後高熱が続いていました。お亡くなりになる直前にフリアスさんは家族を枕元に呼び寄せ「これから私は上に登っていく。ありがとう。」と言い残して静かに息を引き取られたそうです。
同団体のレチルダ・エクストレマドウーラ代表は、「フリアスさんは使命感がとても強く、証言内容や日本政府を糾弾する姿勢も最後まで揺るがなかった。リラ・ピラピナにとり大きな損失だ」とフリアスさんの死に大きなショック受けている様子でした。
フィリピン人元従軍『慰安婦』を支援する会の柴崎温子代表も「とても残念だ。フリアスさんは証言集会などで日本に何度も訪問しており、日本人の支援者の方々からもたくさんのお悔やみの声や問い合わせの連絡が来ている」と述べています。
フリアスさんの死で、同団体に所属する被害者174人中、75人の死亡が確認され、存命の被害者が99人とついに100人を切ってしまいました。
「マニラ新聞 2013年9月30日・澤田公伸さんの記事」の抜粋より
フリアスさんは、2004年に福岡でも証言されています。その証言は力強く理性的に御自分の被害の体験を語り、日本政府に被害の認定を訴えられたそうです。そして最後に「慰安婦」の歌を歌われ、フリアスさんたちと会場の聴衆とが一体感となった素敵な証言集会だったと福岡では語り継がれています。


御冥福をお祈りします。
「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク(紀)
「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク
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