映画『허스토리』(ハーストーリー)の製作者に抗議する!
★ブログメンバーからのメッセージ - 2018年09月14日 (金)
私たちは福岡に住む「戦後責任を問う・関釜裁判を支援する会」のメンバーです。
この映画は関釜裁判を題材にした実話に基づく映画と銘打っていますが、弁護士にも支援する会にも、何よりも原告に取材しないで作られています。
私たちはこの度、映画を観て驚愕し、怒りと悲しみを禁じえませんでした。原告たちの願い、支援する会の願いが無視され歪曲されています。
関釜裁判は日本軍「慰安婦」被害者と勤労挺身隊被害者の双方を原告とする裁判です。
10名の原告のうち7名が勤労挺身隊の被害者です。
彼女たちは自分たちの被害が韓国社会で正確に知られていない中で、孤独な闘いを強いられてきました。挺身隊イコール「慰安婦」という韓国社会の間違った認識の中で、家族や地域の偏見の目にさらされながら闘ってきて、ようやくその違いと被害実態が認められつつあるときに、その偏見を増幅させるようなストーリーを作り、勤労挺身隊の実態を関釜裁判から消したことは犯罪的ですらあります。
さらに、「慰安婦」原告の被害についても、証言記録があるにもかかわらず、何故この裁判とは関係のない何人かの被害者の方のエピソードを切り貼りし、誇大に脚色するのか。こうした製作姿勢から推測すると、監督は被害がひどければひどいほどいいという商業主義にとらわれ、被害者の痛みに寄り添うことをしないまま製作したのではないかと思われてならず、不誠実さと怠慢を感じざるを得ません。
また、最高裁判例に異を唱えて下関判決を下した裁判官たちの誠意や勇気を推し量ることもできないようです。
絶対にフィクションにしてはならない事実があるはずで、それは原告被害者が命がけで裁判の中で訴えた「被害事実」です。
劇中で不二越に勤労挺身隊として動員され「慰安婦」にさせられた人物のモデルとなっているのは原告の朴SOさんです。98年下関判決の時のメディア報道が韓国で流れ、地域や教会の人たちからは「慰安婦だったのか」と言われ、家族からは「恥ずかしいから裁判はやめてくれ!」と乞われ、怒りと悲しみで軽い脳梗塞を起こされました。このことが後の認知症の引き金になったと思われる方です。
彼女はもちろん「慰安婦」にさせられてはいませんし、さらに彼女を挺身隊に送り出したとされた杉山先生は彼女の国民学校4年生の時の担任の先生で、SOさんが敬愛してやまない方です。実際に挺身隊に送り出した先生は6年生の時の担任で別の人です。杉山先生との福岡での感激の対面を映画では別様のフィクションにしてしまい、もしSOさんが生きておられて、このことを知ったらどれほど怒り傷つくことかと思わずにはいられません。杉山先生は皇民化教育に携わった自らを深く悔やみ、生涯を日韓の真の友好のために取り組み続けておられる方で、ご存命の彼女がこの映画に出会わないことを祈らずにはいられません。
裁判が始まって以降、原告たちには支援する会メンバーの家や、教会に宿泊していただきました。そこで、裁判の打合せを行い、原告たちは支援者と共に食事をし、歌い、踊ってきました。親しくなるにつれてそれまで誰にも言えなかった悩みを吐露することもあり、支援者たちは被害者の負った深い傷に出会ったのでした。
それは、原告たちと支援者たち双方が信頼と敬愛を深め合いながら自己変革していった過程でした。映画で描かれた、原告たちが旅館に泊まったことも、そこで起きたことも、監督の荒唐無稽な空想にすぎません。
支援する会の願いは原告被害者に寄り添いながら共に闘い、日本社会に彼女たちの被害を知らしめ、日本政府に解決を促すことでした。国内の「新しい歴史教科書を作る会」等の歴史修正主義者と闘いながら、戦争被害の真相究明法を国会で成立させるための取り組みや、「慰安婦」被害者への謝罪賠償法を作るために地元福岡から国会議員を送り出す選挙戦やロビー活動に、及ばずながら取り組んできました。裁判を通して育まれた原告たちとの絆が、支援する会の身の丈を超える闘いに私たちを駆り立ててきました。
このような原告たちと支援者たちの交流と運動は描かれず、映画では当時全くなかった右翼などの嫌がらせや市民の冷ややかな態度をちりばめ、日本社会への反感を煽っています。
この映画は裁判の真実を伝えるものではなく、原告たちの願いと名誉を再び傷つけてしまっています。関釜裁判から学ぶことをしなかった映画『허스토리』(ハーストーリー)製作者たちに痛切な反省を求めます!
2018年9月14日
戦後責任を問う・関釜裁判を支援する会
「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク
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