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6月27日 安倍談話に抗する戦後70年企画にご参加ください!



戦後70年となる今年は、戦後日本の安全保障政策を大転換する安保関連法案の審議入り、辺野古に基地を建設させない全沖縄の闘いなど、戦後日本の歴史を画する大変な年となっています。その中で8月にだされる安倍談話は安倍政権がアジア諸国とどのような未来を築こうとするのかを発するに等しいもので、国際社会から注目されています。
しかし、アメリカ上下両院合同会議での安倍首相の演説はその内容をほぼ予測させるものでした。
河野談話、村山談話を引き継ぐとしながら、「慰安婦」問題の解決を求める欧米からの批判を「慰安婦」被害者を「人身売買による犠牲者」としてかわしながら、被害国からの批判は無視するもので、「慰安婦」問題の解決を求める被害者たちの思いを受け止めるものではありません。

このたびお迎えする班忠義さんは中国の撫順市で炭鉱労働者の子として生まれ、近くに住む中国残留日本婦人(曽おばさん)に日本語を教わり日本留学を果たし、彼女の日本への一時帰国を支援する中で日本社会と中国社会の違いや戦争の傷跡について考えさせられ悩みました。
彼は、国策として動員され、戦争の結果として置き去りにされたのに、日本政府は責任をとることなく、早期帰国の受け入れ態勢もなかったので、苦難の戦後を生きてこざるをえなかった曽おばさんに日本の戦後処理の基本姿勢を見ました。
そして、彼は1992年中国人の「慰安婦」被害者・万愛花さんに出会い衝撃を受け、日本から中国に通い、何人もの性暴力被害者に出会い、彼女たちのあまりにもつらく厳しい人生の聞き取りを始め、彼女たちの苦境を支援しながら映像を撮っていき、今回上映する映画「ガイサンシーとその姉たち」を完成させ、今新作「太陽が欲しい」の完成間近です。
日中、日韓関係は政治的には不信の緊張が高まり、歴史認識問題はその焦点となっています。
しかし、班忠義さんは被害者のおばあさんたちに深く共感しながら、元日本軍兵士の方たちの懐に飛び込み、彼らからも聞き取りをしています
彼のこれまでの仕事(著作、映画、支援する会)から、日中の戦争被害者に寄り添い、日中両国民の架け橋になろうとする彼の半生の真摯さに心を打たれます。
また、長年インドネシアの性暴力被害者と交流・聞き取りをされてきた木村公一さんのお話も期待できます。
そのほか、被害者の写真展も準備しています。
6月27日の上映会と講演の集いに是非ご参加ください。 

「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク(恵)

 



            戦後70年企画 ー「安倍談話」に向けてー
               終わらない戦争、始めそうな戦争
    「慰安婦」問題・植民地支配・侵略戦争の加害の歴史にどう向き合うのか
 
               6月27日(土)13:30-16:30
               場所:西南コミュニティセンターホール

          *「ガイサンシーとその姉妹たち」上映
              *班忠義さんのお話 
              *木村公一さんのお話

              各国被害者の写真展併設
              主催:戦後70年企画実行委員会
              連絡先 TEL 090-6291-0988(花房)
              
          【呼びかけ団体】
              「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク
              「慰安婦」問題と取り組む九州キリスト者の会


戦後70年企画チラシ 20001

戦後70年企画チラシ 20002



 
 「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク
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「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク

Author:「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク
私たちは「慰安婦」被害者に20年あまり前に出会い、その被害の深刻さに衝撃を受けました。私たちは被害者が生存中に「解決」したいと、さまざまな道を探りながら活動し続けてきました。今も大きな課題として残る「慰安婦」問題を多くの人に分かりやすく伝え、今後このような性暴力を起さないために私たちはブログを立ち上げました。

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河野談話全文

慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話  いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。  今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。  なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。  いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。  われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。  なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。(1993年8月4日、外務省ウェブサイトより

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