謹賀新年


                 歴史の正念場を迎えて


 戦後70年目の年を迎え、アジア各地の戦争被害者に対する日本の向き合い方が一層問われる時となりました。日本政府の誠実な対応を引き出すための市民の取り組みも正念場を迎えます。戦争のできる国づくりが進められる現在、この動きに抗うには、かつての戦争がどのようなものであったのか、また被害者がどのような戦後を生きてきたのかを知ることが、ますます重要となってきます。20代の6割が戦争経験者の話を聞いたことがないといいます。国内外の被害者の声を聴きとり、多くの市民と共有していくことは、今後の日本を方向付けるための地道な作業となるでしょう。

 昨年は8月の朝日新聞の「慰安婦」報道検証特集を機に、同社への批判に乗じた歴史修正・改ざんの嵐が吹き荒れました。大手新聞社の社長が辞任に追い込まれるというただならぬ事態にも及び、「誤報」の語が持つ印象も手伝い、「慰安婦」制度をめぐる事実認識を根底から見直さなければならないと感じた方も多かったかもしれません。しかし、1993年頃より、朝日新聞も含む大手メディアや研究者、市民たちは、昨年朝日新聞が虚偽であったと判断した吉田清治氏の証言は採用せずに「慰安婦」制度の実態解明を続けてきました。

 幸いにも、朝日新聞バッシングの構造に違和感を覚え、これまでの研究成果を参照する人びとの声も上がりました。運動に直接関わってきたわけではない人びとによる言論が起こるようになったことや、かつてない関心の高まりを、希望の兆候と捉えることができるのではないでしょうか。「慰安婦」被害者の名乗り出と証言に始まる90年代以降の各地での取り組みは、戦時体制を正当化してはならないとする視点を持つ人びとに響き、平和への原動力となっています。

 高齢の被害者に、また願いかなわず旅立たれた被害者に正義がもたらされるよう、日本社会を変えていきましょう。それは、わたしたち自身の尊厳を守ることにつながります。沖縄では、抑圧された歴史への憤りが大きなうねりとなり、新たな地平が模索されています。豊かな言葉の力を手にして、軍事力に頼ることのない国際関係を築いていきたいものです。希望の見える年になるよう、メンバー一同知恵を絞って頑張ります。本年もよろしくお願い申し上げます。

「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク(直)




   - 編集者から -

 ”日本による戦争の被害女性のことを忘れない、次世代に記憶をつないでいきたい” 
との思いで2013年5月26日に第一回目のブログ発信をして、1年と7ヶ月が過ぎました。
わたし達が一番大切にしていることは、”書き手の思いと読み手の思いが一致するブログにしていきたい” これにつきます。
そのため文と文の間の行間を多くとり、自然な呼吸で読んでいただけるように工夫をしました。また、筆者側の感情的な表現を避け、事実に沿った記録や資料を多く集め、何より 《体験をした人の気持ちが一番伝わりやすいよう》 一つの記事毎に、全体で意見を交換し合い、時には何度も何度も原稿を修正して、ようやくUPした記事も多くあります。
このブログの白い空白部分には、そのようなわたし達の息遣いが詰まっています。
2015年も同じ思いでブログを発信していきます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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プロフィール

「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク

Author:「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク
私たちは「慰安婦」被害者に20年あまり前に出会い、その被害の深刻さに衝撃を受けました。私たちは被害者が生存中に「解決」したいと、さまざまな道を探りながら活動し続けてきました。今も大きな課題として残る「慰安婦」問題を多くの人に分かりやすく伝え、今後このような性暴力を起さないために私たちはブログを立ち上げました。

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河野談話全文

慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話  いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。  今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。  なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。  いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。  われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。  なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。(1993年8月4日、外務省ウェブサイトより

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