朝日新聞の特集「慰安婦問題を考える」に思う

8月5・6日の両日にわたって朝日新聞は 「慰安婦問題を考える」とする特集記事を発表した。韓国の「慰安婦」被害者が名乗り出て「慰安婦」問題が社会問題となり、1992年初頭の宮沢首相訪韓を契機に日韓の外交問題になっていった当時の朝日新聞の報道の自己検証を中心としたものです。


こうした特集を組む理由を、5日付朝日新聞の1面で「慰安婦問題の本質直視を」で要約すると以下のように記しています。

河野談話の見直しなどの動きが韓国内の反発を強め、日韓関係はかってないほど冷え込んでいる。一部の論壇やネット上には「慰安婦問題は朝日新聞の捏造である」とする批判が高まり、読者から「本当か」「何故反論しない」という問い合わせが寄せられるようになり、読者への説明責任を果たしたい。

研究が進んでない90年代初めの記事で、事実関係の誤り(吉田清治氏の朝鮮での官憲と一緒になった奴隷狩り的強制連行や挺身隊と「慰安婦」の混同)を訂正し反省。

しかしそのことを理由に「慰安婦問題は捏造」とか、被害者は「売春婦」などと貶めることで自国の名誉を守ろうとする論調は、いたずらに日韓のナショナリズムをあおり対立を深めるのみである。日本軍兵士の性の相手を強いられた女性たちがいた事実、自由を奪われ女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質であることを直視して、日韓両国の和解に資するように今後も報道を続けたい。


とするものです。(特集「慰安婦問題を考える」は他のメンバーが要約して下段
に記述しています。まだお読みでない方は参照してください。)


●朝日新聞への猛烈なバッシング

予想されたことではあるが、慰安婦問題の軍や国の加害責任を否定する論陣を張ってきた読売新聞は「吉田証言」ようやく取り消し 女子挺身隊との混同も認めるとの見出しであたかも勝利宣言のごとき社説を載せた。その中で、朝日新聞の誤った報道が韓国の反日世論をあおっただけでなく、1996年の国連の人権委員会のクマラスワミ報告にも引用され強制連行があったとする誤解が国際社会に拡大する一因となった。また挺身隊との混同が韓国で小学生まで慰安婦にしたかのような誤解を生むことになったと、朝日新聞の責任を追及する一方、読売新聞も当初誤った記事を掲載した例があるが90年代後半以降は社説などを通じて誤りを正しているとした。

そのうえで「正しい歴史認識を持とう」との小見出しで、「強制連行の有無」が慰安婦問題の本質であるのに朝日新聞が「自由が奪われた強制性」があったことが重要だと主張しているのは議論のすり替えだとしている。フィリピンやインドネシアなども含め戦時中に多数の女性の名誉と尊厳が傷つけられた戦場での性のごとき「広義の強制性」と、軍の強制連行は違うとして日本政府の責任を不問にしている。

最後に「日韓関係の正常化を」とする小見出しで、政府は安易な妥協をすることなく、事実関係を踏まえて韓国の理解を粘り強く求めていくよう求めている。


他にも産経新聞、週刊誌各紙は今回の特集記事を取り上げ、朝日新聞を国際社会で日本国を貶めた戦犯であるかのごとく扱い、読売新聞の論調(実は秦郁彦氏の著作「戦場の性」をベースにした安直なものであるが)をベースにして、一層口汚く反韓感情を煽りたて、狭小なナショナリズムの高揚に努めている。
橋下大阪市長もこりもせずテレビなどで読売の論調を敷衍してしゃべりまくり、石破自民党幹事長に至っては、国会で朝日新聞の責任者を喚問して責任を追及すると語り、報道の自由の国家統制を一層露骨にすることを口走るありさまである。

さて今回の朝日新聞の検証記事に関する私の感想は以下の通りである。


●遅すぎたとはいえ、検証したことは評価する。

以下にその理由を20数年前まで振り返りながら述べてみたい。
1991年8月、韓国で被害者である金学順さんが名乗り出、12月には東京地裁で裁判が始まり(最初3人後に追加で計9人の元「慰安婦」被害者等が提訴)「慰安婦」問題は日本社会に大きなショックをあたえ、注目を浴びるようになった。
一方その歴史認識に関しては、1973年に書かれた千田夏光氏の「従軍慰安婦」自体が誤り多い本であったが、その本をベースにしてノンフィクション作家である金一勉氏や吉田清治氏らが恣意的に脚色して書いた本の内容が日韓のマスコミなどを通して広がって行った異常な時代でもあった。

その後、韓国で多数名乗り出た「慰安婦」被害者たちの聞き取りや研究の結果、吉田清治氏が描く強制連行の間違いが判明した。また、私が関わった関釜裁判など女子勤労挺身隊被害者の裁判が進行する中で研究も進み、挺身隊と「慰安婦」は別のものであることが明らかになった。(挺身隊は朝鮮総督府から学校や地方自治体を通して動員したもので官斡旋の強制連行の性格を帯びる)

こうした事態を背景に、「慰安婦」問題の国家責任を否定する保守的・右翼的な論調が登場し、1997年に中学校の歴史教科書に「慰安婦」問題が記述されることに反対して草の根右翼の日本会議などと手を結び、地方自治体で中学校の教科書から「慰安婦」問題や南京大虐殺などの加害の歴史記述を削除する請願が巻き起こった。

その後、排他的なナショナリズムは広がる一方で、「慰安婦」問題の国家責任を否定する雑誌や本が本屋に平積みされるようになり、加害責任を問うリベラルな雑誌や本は片隅に追いやられるか、消滅して行くようになった。
「強制連行はなかった。国に責任はない」とする論調は日本社会を蝕んでいき、90年代前半の「慰安婦」被害者への謝罪と補償に共感していた人たちの間にまで混乱と離反が生じ、ましてや2000年代以降の若者はネットメディアなどに溢れる情報の中で育ち、「慰安婦」問題に敵愾心を持つ者さえ増えてきている。

だからこそ、遅すぎたとはいえ、「慰安婦」問題の歴史認識をマスコミが真摯に検証し、伝えていくことは今なお重要なことなのだ。おそらく朝日新聞社内部でも攻撃にさらされることが自明な今回の検証作業に取り組むことに躊躇があったはずだ。そうした不安を乗り越えて、今回の特集記事を組んだ勇気を評価したい。

しかしその上で、今回の検証記事は朝日新聞が当初目的とした「慰安婦問題の本質」究明に成功していると言えるであろうか?朝日新聞に負けじとばかり大部の紙面を割いて報道した読売新聞の報道記事と朝日の記事を読み比べて、すっきりと朝日新聞の歴史認識を理解し共感できる人はそう多くないのではなかろうか。



●朝日新聞の検証記事は、軍や国の責任の究明が不十分である。

朝日新聞の今回の特集を読んでいて、気にかかるのは、「軍の関与でつくられた慰安所」という表現である。読みようによってはこの表現は責任の主体が募集や慰安所経営にあたった民間業者にあるのか、民間業者に「要請した」(政府の河野官房長官談話の検証から引用)軍にあるのかがあいまいな表現である。

軍や国の責任を否定する人たちの主張はおおまかに言うと以下の通りである。
当時の日本国内には公娼制があり、その延長で占領地にも民間業者が進出した。朝鮮半島でだましたり、人身売買で連行したのは主として朝鮮人業者がやったことだ。戦場で軍が慰安所経営者に場所を提供するなど便宜を与えるのは当然で、業者が不当に慰安婦たちを扱ったり、収奪しないように軍が管理・監督した。東南アジアなどの戦地・占領地で現地の女性を強制連行したのは軍の方針に反した下部の兵士がやったことで、戦後のBC級裁判で法的な責任は取らされている。当時ドイツやフランスも公娼制度があり、アメリカやイギリスも戦地・占領地の売春宿を利用していた。日本軍や国の組織的な強制連行の事実がないのに、日本国のみが世界中から責任を問われるいわれがない。


こうした主張への批判は、日本軍内部に政策的に構築された慰安婦制度と植民地女性への差別的な政策を構造的に明らかにする作業が不可欠である。


1937年7月に始まった中国侵略戦争の本格的な開始に伴い、日本陸軍は同年9月に野戦酒保規程を改正し慰安所の設置を法的に整え、500百名以上の部隊(のちに250名上)に慰安所設置をみとめたこと。それに伴い部隊の責任者が慰安所の設置を決定し、慰安所設置のノウハウなどを経理将校などに学ばせて慰安所を作り、細かく慰安所規定を作り、経営や募集にあたる業者を選定し、管理監督したこと。軍の慰安政策として慰安婦制度が作られ、民間業者を手足として使ったのであり、「関与」という次元ではなく軍「主体」の政策として慰安所が作られたこと、このような軍が作った慰安婦制度は第2次世界大戦当時ナチス・ドイツ軍と日本軍にしかなかったことがまず抑えられなくてはならない。

その上で、婦女売買に関する国際条約に反しないように、翌38年2月内務省警保局長通牒「支那渡航婦女の取締りに関する件」を出し、本土から募集する慰安婦は21歳以上の成人女子で、すでに売春業に従事している婦人を主とし、あくまで自由意思を尊重して募集するように各県警察に通達を出し、業者の取締りにあたるよう指示した。しかし植民地朝鮮や台湾には適用されなかった明確な植民地差別があったこと。また戦地・占領地の慰安所での管理・監督も戦争が長期化するに従い緩み、多くの慰安所で「慰安婦」は業者や軍人の強制で性奴隷状態に置かれていったのである。


(詳しくは同ブログの《「慰安婦」問題における国や軍の「強制」をどのように考えるか》を参照ください)


以上のような研究は河野談話以降の資料の発掘や研究により明らかにされたもので、今回の朝日新聞特集では部分的に取れ入れられてはいるが「軍の関与」という表現に見られるように、河野談話の歴史認識の枠にとらわれているように思われる。そこを突き抜けてないことが反対派の主張に有効に批判できない原因の一つと思われる。

朝日新聞は、今回の特集「慰安婦問題を考える」をもって歴史認識の検証を終わらせることなく、読売や橋下大阪市長、そして何より秦郁彦氏などの歪曲した歴史認識への反論ができるように、社内での研究をさらに積み上げてほしい。そして国や軍の責任を明確にした歴史認識を紙面で継続的に取り上げて読者の理解を広げ、被害者の名誉回復措置と日韓両国の和解に資する努力を継続することを切に期待する。



「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク花房俊雄




 
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Author:「慰安婦」問題にとりくむ福岡ネットワーク
私たちは「慰安婦」被害者に20年あまり前に出会い、その被害の深刻さに衝撃を受けました。私たちは被害者が生存中に「解決」したいと、さまざまな道を探りながら活動し続けてきました。今も大きな課題として残る「慰安婦」問題を多くの人に分かりやすく伝え、今後このような性暴力を起さないために私たちはブログを立ち上げました。

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河野談話全文

慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話  いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。  今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。  なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。  いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。  われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。  なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。(1993年8月4日、外務省ウェブサイトより

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